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執筆者の写真白玉

僕たちの春夏秋冬

更新日:2023年1月18日



ご注意:思いつきの吐き出しを目的に、考えナシに書くとこうなるという見本のような作品。表には出せないシロモノなのでコッソリと供養……七合目には全く関係のない異物になってしまった……(^_^;)ほかに置き場所なくて……ご容赦下さい。


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僕たちの春夏秋冬




【小学4年生 春】


近所に越してきたそいつは、ずいぶんとヒョロっこいチビだった。

母ちゃん情報によると、そいつの兄ちゃんが身体が弱いとかで、空気がきれいで静かなこの町に都内から越してきたんだそうだ。まあ確かにこの町は山も川もあってサイコーだからな。

でも母ちゃん、この辺も住所は都内だぞ?ギリ東京だかんな?


「俺、|樹生《たつき》ってんだ。よろしくな」


うちの玄関先で母ちゃんと上品そうなおばさん…「|東堂《とうどう》さん」って言うらしい……が話してる間、後ろでボーッと突っ立ていたそいつに声を掛けたら、そいつは「うん…」って|頷《うなず》いたっきり下を向いてしまった。暗ぇ奴だな!


「そう、二ノ宮|樹生《たつき》くんっていうのね。この子は次男の玲二。引っ越してきたばかりで何も分からないし、人見知りなの。仲良くしてやってね」


そいつの代わりに、おばさんがそいつの名前を教えてくれた。

そうか、何も分かんねえのか。そりゃそうだ。

初めて来た知らない場所だもんな、暗くもなるか。


でもヒトミシリって何だ?

ミシミシしてんのか?都心は人がいっぱいいるらしいからな……うん、たぶん人がミシミシしてんだろう。きっとマトモに歩くのも大変だったに違いない。

噂じゃ人に押されて足が浮くこともあるらしいからな。都心の人間どうやって移動してんだ?空飛んでんのか?カッケーな。


よし、こいつ……レージの面倒は俺が見てやろう。

この町も、山も、川も、ぜんぶ俺が案内してやる。イジメられたら俺に言え。ヘビでブッ叩いて撃退してやっからな!



【小学4年生 夏】


「玲二!山に行くぞ!虫採りだ!」

「タッくん、僕、虫採りアミ持ってないよ」


玲二はオトコの夏の必需品、虫アミも籠も持ってなかった。なんてこった。


「おぅマジか!じゃあ俺のを1本やる。チョー採れるやつ。籠も余ってっから使え」


玲二にくれてやったのは俺のとっておきの虫アミ2号だ。狙った獲物は逃がさねぇ30連チャンを達成した時のヤツ。玲二は俺の弟みたいなもんだからな、特別だ。

あ、でもとっておきの虫アミ1号は勘弁な。これオオクワゲット記念だからさ。お前にゃまだ早ぇえ。


「玲二!川に行くぞ!」

「待ってタッくん、だったら僕、水着取ってくる」

「バカ、Tシャツと短パンだ。腰にパーカー巻いてこい。あと靴は紐無しな」


玲二には川のことも教えた。こいつは何も知らなかった。

短パンの水着1枚じゃ石や枝で怪我しちまうだろ。川底は滑るし釣り針だって落ちてるからビーサンはNG。紐が引っかかって足が取られたらアウトだから紐靴もNGだ。よく覚えとけよ玲二。


「タッくん、変な虫がいる」

「あ、それヤゴじゃん。ギンヤンマのヤゴだ。秋になったらトンボになるんだぜ。採りに来ような!」

「うん!」


なまっちろかった玲二が少し日に焼けて元気そうになった。

でもまだまだヌルいぜ。来年は母ちゃんの焼きすぎトーストくらいの色にしてやっからな!



【小学4年生 秋】


「玲二!こっちがギンヤンマで、こっちがオニヤンマだ」

「わぁ、僕、初めて見たよ。ギンヤンマの方が小さいんだね」

「おぅよ、けどギンヤンマの方が速いんだぜ。高く飛ぶしな。でも捕まえるのは楽勝だ。教えてやる」


ギンヤンマを見たことがないだと?なんて不幸なヤツなんだ。

よし、俺がとっておきのヤンマ釣りの秘伝を教えてやる。ヤンマ採りじゃねぇ、釣りだ。見てりゃ分かる。ついてこい!


「タッくん、トンボが二匹くっついて飛んでるよ。すごいね」

「ああ、ありゃあ他のオスに取られないようにオスがメスをピッタリマークして見張ってんだよ」

「とられちゃうの?」

「ああ、ちょっと離れた隙に他のヤツにサッとな」

「ふぅん」


いや玲二、ボーッとしてんな。オスメス同時ゲットのチャンスだろうが!アミを振れー!



【小学4年生 冬】


「ソリで遊ぶぞ玲二!」

「タッくん……ここすっごい坂なんだけど…」

「だから面白ぇんじゃねぇか。大丈夫だ、俺がついてる」


こんくらいでビビってんじゃねぇぞ玲二!こんなのレベル3だ。

見ろ、他の連中だってフツーに滑って……あ、すっ転んだ。ヘタクソめ。

いいか、俺の弟分なら小学校のうちにレベル5まで行くからな!


「恐かったら最初は俺の後ろに乗れ、よしいくぞ」

「うっわぁーーーー!」

「ちゃんと掴まってろよ!」

「うん!」


玲二はずっと二人で乗りたがった。まったく怖がりだな。来年はひとりで乗れるようになれよ!



【小学5年生 春】


「え、玲二、木登りしたことないの?」

「うん……」

「そっか、よし。俺が教えてやる!」


玲二は木登りもした事がなかった。

木登りできなかったら、通りすがりの柿やミカンも穫れねぇ。下校時のオヤツ確保は大切だからな。


「足の甲を幹に押しつけろ、片足をグッと回せ。そうだ、うまいぞ。胸をつけて伸び上がれ…っああ!惜しい!」


8回落っこって、9回目に玲二は見事木に登ってみせた。

さすがは俺の弟分だ。ガッツがある。


「慣れたら色んな木に登って練習するといい。でも桜の木だけは登るなよ」

「なんで?」

「桜の枝は折れやすいんだ。それに折れたところから腐っちまう。最悪、木が駄目になる」

「腐っちゃうの?恐いな。うん、気をつけるよ」


それから何度も木登りを練習して、玲二は木に登れるようになった。

なので俺は玲二にオヤツに最適な木の場所を伝授してやった。食べ頃の見極め方と…あとは難易度もな。

佐々木のジジィのところはやめとけ、最難関だ。



【小学校5年生 夏】


「よし、夏祭りに出発だ玲二!子供神輿もかつぐぞ!」

「うん、僕、お神輿かつぐの初めてだよ」

「肩にタオル入れとけ。頑張ったら夜店の割引券ゲットだ」


去年、玲二は夏祭りに参加できなかった。ちょうどそのとき兄ちゃんの具合が悪くなってたらしい。

たまに遊びに誘いに行って留守の時は、たいてい兄ちゃん絡みだ。

でも今年は大丈夫そうだ。よかった。


「来たな小僧!」

「おぅ、金魚屋のにーちゃん、今年も来たぜ」

「タッくん……知り合い?」

「見てろよ玲二、今年も俺が勝つ!にーちゃん、ポイ選ばせてよ」


夜店に連れてったら、玲二はヨーヨー釣りだけじゃなく金魚すくいもド素人だった。

なのでポイ選びからすくい方の基本までぜーんぶ俺が教えてやった。

金魚すくいは夏の男の大勝負よ!


「きったねーぞ!鯉の稚魚が混ざってるじゃねぇか!」


今年の成果はたったの42匹。

ニシシと笑った金魚屋のにーちゃん、来年は覚えてろよ。

でも玲二は大喜びだったし、俺をソンケーの目で見てきたからヨシとしよう。


捕まえた中でいちばん元気そうで綺麗なやつを2匹選んで玲二にくれてやった。もちろん、またまた大喜びだ。

うん、来年はお前も自分でゲットできるようになれよ。


玲二は今年もよく日焼けした。普通のトーストくらいだ。もうひょろっこくもねぇ。来年こそは二人でコゲコゲだ!



【小学5年生 秋】


玲二と山に行った。キノコ狩りだ。

食えるキノコ、食えないキノコ、毒キノコ……玲二に実物を見せながら見分け方を教えていく。


「秋は冬眠前の熊がウロウロしてっからな。柿や山ぶどうのエリアに入ったら派手に鈴鳴らせよ」


ついでに木のキズや大人たちが仕掛けた罠の場所も見せて回った。途中で本当に熊の足跡を見つけたときはヒヤッとしたけどな。


「大丈夫だ玲二、万が一の時はなにがなんでも俺がお前を守ってやる」

「ぼ…僕もタッくんのことを守るよ!」

「お、おぅ、ありがとな。いずれな」


幸い熊は出なくて、俺たちは山のように採ったキノコを近所のおっちゃん|家《ち》に持って行って小遣いにした。もちろん玲二と山分け。やったぜ。



【小学5年生 冬】


今年も玲二とソリで遊んだ。

そろそろ一人で乗ってもいい頃だろうに、玲二はまだ「コワイから」って俺と一緒に乗りたがる。仕方のないヤツだ。まあいいけどな。


「しっかり掴まってろよーー!」

「うん!!」


俺の腹に手を回した玲二がギュウッとしがみついてくる。

今年はコブ越えにバージョンアップだ。


「とっぶぞーーー!」

「うっわぁーー!」


どうだ玲二、俺の華麗なジャンプ!

他の連中からも拍手喝采だ。気持ちいいだろ。

なんだ恐かったのか?顔は笑ってても腕がギューギューしてっぞ。しょうがねぇヤツだな。



【小学6年生 春】


山でシダを採って、玲二と木の上からシダ飛行機を飛ばしあった。

シダ飛行機はシダの選別が肝心だ。


「うわー、タッくん、見て見てすっごい飛んだよ!」

「おぉすげぇな!でっかいのによく飛ぶな。じゃ次はせぇの!で一緒に飛ばすぞ」

「「せぇの!」」


俺と玲二のシダ飛行機は、風に乗って並ぶように遠くまで飛んでいった。

木の上からの景色はそりゃあもうサイコーで、眼下に見える満開の桜に向けて飛んでいく飛行機はカッコよかった。


「あのシダに乗れたらいいのにね」

「おぅ、そしたら二人で遠くまで行けそうだな!」

「うん!ずっとずっと遠くまでタッくんと飛んでいけるね」


飛行機の飛ばし合いは7勝3敗で俺の勝ち。ふっ…まだまだだぜ玲二。



【小学6年生 夏】


川で遊んでいたら小便がしたくなった。ちょっと川に入りすぎたみたいだ。

他の連中に断りを入れて、チャチャッとその辺で済ませることにする。


「玲二、俺ちょっとその辺で小便してくるわ。お前は?大丈夫か?」

「僕もちょっとしたいかも……」

「よし、じゃあ一緒にその辺で済ませよう」


川からちょっと離れた草むらで、足で地面に軽く穴を掘る。


「ここに当てろよ。跳ねさすんじゃねぇぞ」


いいかげん限界だったので短パン下ろしてジャーッと発射。

最初はモジモジしてた玲二も、俺が発射したすぐ後にズボンを下ろして無事に発射。

おぅ、立ちションこそ男のたしなみよ。しっかり狙いを定めろよ玲二。


ピッピッと振って短パン上げたら、玲二がこっちを見てた。

なんだ俺のキり方がカッコよかったか。下に向けてピッピッだ。


どうでもいいけどチンコでかいな玲二。重くねぇか?まあいい、早くしまえ。川で手を洗うぞ。

ん?ちょっと顔が赤いな。川は涼しくても陽が当たるからな。ホラ帽子被っとけ。行くぞ。


今年はついに、俺と玲二は二人して母ちゃんの焼きすぎトーストまで到達した。

母ちゃんに揃って自慢しに行ったら、俺だけ頭をハタかれた。なぜだ。


ちなみに夜店の金魚すくいは66匹を記録してやった。金魚屋のにーちゃんの悔しそうな顔が最高のご褒美だ。

玲二はなんと8匹!成長したな!でも俺がすくった金魚の方が綺麗だとかでまた金魚を2匹、玲二にくれてやった。おぅ、どんどん持ってけ。



【小学6年生 秋】


玲二の兄ちゃんが大病院に入院した。

その兄ちゃんに付き添うために、玲二のお父さんとお母さんは都心に滞在するという。

玲二は学校があるからってウチで預ることになった。


「東堂さんちも大変ね……できる限りの力になってあげたいわ」


うちの父ちゃんと母ちゃんが台所で話してるのが聞こえた。

確かに東堂さんちは大変だろう。うちだって婆ちゃんの時はすっごく大変だったし少し暗い感じになった。婆ちゃんが死んだときは悲しかった。

でもその時の俺は小さくて何も出来なかったんだよな。


今だって俺が東堂さんちに出来ることなんてありゃしない。

けど、玲二にだけは何かしてやれる。あいつの「大変」をちょっと持ってやることくらいは出来るんじゃないかな。


「よぅ、来たな玲二!今日からはずっと一緒だ!」


玲二と俺は本当の兄弟みたいに過ごした。

同じ部屋で起きて、メシ食って、一緒に学校行って帰ってきて、一緒に遊んで、一緒に風呂入って、同じ部屋で寝る。


一緒に過ごしてみて初めて分かったけど、アイツは長風呂だ。|逆上《のぼ》せる寸前まで湯船に入ってやがる。まあ好きなだけ入りゃいいと思うけど、引っ繰り返っても知らねぇぞ?


夜は俺の部屋に布団を二組敷いて寝た。

寝るまでずっと玲二と話して、時々こっそり窓から二人で抜け出して鈴虫を見つけたり、星を見たりした。


朝になると俺の布団に玲二が潜り込んでることがあったけど、どうやら恐い夢を見たらしい。

でもきっとそれは、お父さんやお母さんと離れて寂しいっていう玲二の気持ちが見せた夢なんだと思う。


もう俺よりも2センチばかり大きくなっちゃった玲二だけど、甘えん坊の怖がりは相変わらず。

だからそんな時は、ギュって抱きついてくる玲二の背中を撫でるんだ。それから徐々にくすぐっていく。


もちろん玲二だってやり返してくるから、二人で布団の中でゲラゲラ笑って身体をよじって……そしたら身体がポカポカして布団をはね除けちゃう。

その後の「うるさーい!二人ともご飯よ!」っていう母ちゃんの怒鳴り声までがお約束だ。


玲二は3週間ばかりウチにいて、迎えに来たお母さんと一緒に帰って行った。



【小学6年生 冬】


今年も、玲二はソリ遊びで俺の後ろに座った。

いや、そろそろソリがせめーんだけど……


「ギュッと詰めて座れば大丈夫だよ。ね、お願いタッくん。僕まだ恐いよ」


いや、いーんだけどよ。

こりゃ相当スピード出るぞ。そこそこの体重乗ってるからな。


「よし玲二、最速記録出すぞ!しっかり掴まれ!」

「うん!」


ギュウッと玲二が俺の腹に回した腕に力を込めた。

背中も足もピッタリつけて二人で一体になり、ソリの荷物と化す。


「しっかり前見てろよー!あっという間だかんな!いくぞ!」

「うわぁーーー!」

「ヒャッホーー!」


顔の横で玲二の楽しそうな声が上がった。俺も思わず大声を上げる。

だってさ、すっげースピード!最速記録間違いなしだ!


もちろん冬の遊びはソリだけじゃねぇ。

雪合戦だって定番だ。


「だれだぁー!玉に石こめやがったのはぁーーー!」

「タッくん、タッくん、大丈夫?大丈夫?」


玲二、そんな泣きそうなツラすんじゃねぇよ。こんなモンはツバつけときゃ治る。

それよりも……


「佐藤ぉぉーーてめぇかぁぁぁーーー!」


玲二がせっせと弾を作り、それを俺がマシンガン発射。

すんばらしい連係プレイで敵陣すべてを討ち果たしてやった。ざまぁ!



【中学1年生 春】


俺は中学生になった。

今までの小学校みたいに徒歩通学じゃなくて自転車通学だ。ちょっと遠いからな。


「タッくん!」


初めて自転車で登校する日、家の前に玲二がいた。


「おぅ、玲二。どうだカッケーか」

「うん、制服すごく似合ってる。カッコいいよ」

「はは、ありがとな。お前も遅刻すんなよ」


あいつの頭をガシガシ撫でてやったら、泣きそうな顔しやんの。

なんだちょっと痛かったか?悪ぃ、悪ぃ。

中学生の俺よりでけーからさぁ、ついつい手加減できなかったわ。


でも俺、バスケ部入るつもりだから。

あっという間にデカくなって格好良くなる予定なんだぜ!見てろよ!



【中学1年生 夏】


女子バスケ部の2年の先輩と、最近ちょっとイイ感じ。

「頑張ってるね」なんて、一緒に帰ったりして……


「タッくん、今度の日曜日、練習ないんでしょ?川に遊びに行かない?」


玲二に誘われたけど、あーその日は……先輩と隣町のショッピングセンターにシューズ買いに行く約束してたんだ。


「ごめんな玲二。その日は友達と約束しちゃったんだ。別の日でいいか?」

「……うん、いいよ!いつなら大丈夫?」

「来週とその次までなら大丈夫だよ。その後は試合なんだ。もちろん俺は応援だけどな」

「わかった。じゃあ来週ね。約束だよ」


そうして日曜日、ショッピングセンターで先輩と一緒に靴を選んで、一緒にアイスでも食べようかと外に出たら、なんと玲二に出会った。


「え?タッくん?びっくりしたぁ。偶然だね」

「玲二、お前なんでここに?俺もビックリだよ」

「うん、夏休みの自由研究の材料を買いに……あ、こんにちは」

「こんにちは……二ノ宮くん、誰?」

「あ、はい。俺の幼馴染みなんです」


ひとりで来たという玲二と三人でアイスを食って、玲二と一緒に家に帰った。

お前ダメじゃん、帰りの電車賃まで使っちゃうとか……バカだなぁ。



【中学1年生 秋】


夏休みはあっという間に終わって、2学期が始まった。

ちなみに俺の中学のバスケ部は男女ともに2回戦敗退。一生懸命応援したんだけどなぁ。


ああ、あの女子バスケ部の先輩とは最近一緒に帰れてない。

なんか自転車が壊れちゃったんだって。


部活も一段落したので玲二と山にキノコ狩りに行った。


「気をつけて選べよー。こないだ佐藤んちが間違えて毒キノコを味噌汁に入れちまって、家族全員入院したらしいぞ」

「え、そうなの?恐いね。ね、タッくん。僕が採ったやつよく見てね」

「おぅ、任せろ」


うん、佐藤んちもみんなキノコ詳しかったはずだけど、油断大敵ってことだよな。

大丈夫だぞ玲二、俺が責任もってちゃーんと見てやっからな。



【中学1年生 冬】


この冬はよく雪が降った。

2月の半ばなんかもう何もかも雪に覆われて、町のあっちこっちに除雪のデカい山ができていた。


自分ちと玲二んちの除雪の手伝いを終えて、さあ遊ぶぞと玲二と二人でソリスポットに向かったら、まだ子供は誰も来ていなかった。どうやら俺たちが一番乗りのようだ。


「いや玲二、さすがにもうソリの二人乗りは無理だろ。1人ずつ滑ろうぜ。競争だ」

「………じゃあ、ソリじゃなくてカマクラ作ろ?タッくん」


お前、どんだけ怖がりなんだよ。しょうがねぇなあ……でもカマクラか。確かにこんくらい降ったときじゃないと作れないよな。よっしゃ作ろうぜ。


さすがに俺もカマクラは作ったことがなかったので、玲二のスマホで作り方を検索。俺もそろそろ母ちゃんにスマホねだってみっかな。買ってくれるかな…


二人でスマホを覗き込みながらせっせと作った結果、かなり小ぶりながら立派なカマクラが完成した。


「ギリッギリだね」

「玲二、お前もう少しそっち寄れ。キツい」

「これ以上は無理だよ、タッくん」


二人でカマクラに入ったらスペースはもういっぱい。ギュッと肩をくっつけて足を縮めてやっとだ。


「これじゃあカマクラっつーか、動物の巣だよ。でもエサのストックがないから巣にもならねぇか」

「あ、食べ物ならあるよ。これで巣になるね。今日だけ僕たちの巣だ」


玲二が取り出したのは板チョコ。

おぉ、やった!非常食か、エラいぞ玲二!


玲二のヤツ、板チョコを丸ごと渡してきたので半分割ってデカい方を返した。俺にも仁義ってもんがある。


「チョコありがとう、タッくん」

「何言ってんだお前。お前のチョコだろうが」

「うんそう…僕のチョコだね」


玲二、しっかりしろ。お前もこの春から中学生なんだぞ?


その後、町の子供たちの間ではカマクラ作りが流行した。作って遊んだあと壊すのがまた楽しいんだよな。



【中学2年生 春】


玲二が中学生になった。

あいつは頭もいいし家も余裕がありそうだから、てっきり私立に行くのかと思ったら俺と同じ地元の中学に入学してきた。


「僕もタッくんと同じバスケ部に入るよ。色々と教えて?」

「おぅ、いいぞ。まあレギュラーに程遠い俺が教えられることは少ねえけどなー」


なんて言ってたのも束の間、玲二のやつ1年のくせにメキメキと部内で頭角を現わしやがった。

まあ玲二は背も高いし、俺が小さい時から鍛えたせいで動きもキビキビしてるしな。

おぅおぅ、女子たちの視線がアツいこと…


「玲二、お前スゲーよ。女子たちが練習中のお前見てカッコイイって言ってたぞ!」

「……タッくんは?カッコイイと思ってくれた?」

「お、おぅ、もちろんだ。お前はカッコイイに決まってる」

「そっか」


照れるな玲二。

俺に念押ししなくてもカッコイイから……自信を持て。



【中学2年生 夏】


なんと玲二は1年にもかかわらず、夏の試合のレギュラーになってしまった。

おぉ、すごい!


「タッくん、試合応援してくれるんでしょ?」

「もちろんだ、精一杯応援するぞ。がんばれ!」

「僕のことずっと見てて。タッくんが見ててくれないと僕、絶対に失敗しちゃうよ」


まったく……お前は相変わらず気が弱くて怖がりだな。

ちゃーんと見ててやるから、安心して全力を出せ!



【中学2年生 秋】


夏の終わりの試合では、なんと俺たちの部は初めて準決勝まで行った。もちろんMVPは玲二だ。この調子なら、そのうち全国大会まで行けちゃうかもしれない。

うん、すごい。全力で応援した甲斐があった。


応援した甲斐と言えば、俺はバスケの試合の応援で同級生の女の子の1人と仲良くなった。二人でノリノリで応援しててフィーリングが合ったって感じ?


『タッくん……たすけて』


彼女と屋内スポーツ施設に出かける約束をした日曜日、電車を降りて待ち合わせの場所に向かってたら玲二からそんな電話が掛かってきた。


「は?くくり罠に足突っ込んだぁー?」


慌てて彼女に断りの電話を入れて、電車でUターンからの大急ぎで山に向かうと、山の斜面で玲二がへたり込んで「タッくん……」という情けない声を出していた。


「バカだろ玲二!罠の標識も仕掛けの痕跡も、俺、お前に教えてあったよなぁ!」


聞けば山をランニング中に誤って斜面を滑り落ちて、罠を踏み抜いてしまったんだとか。

いやいったい、どう踏み抜いたらこんなに綺麗に足首にワイヤーが巻き付くんだ?


ワイヤーを外してやって周囲に視線を巡らせれば、少し離れた木の下に『ワナ注意』の標識が裏返しになって落ちていた。何かの拍子で幹に括り付けていた紐が切れてしまったようだ。


「あっぶねぇなあ……ほら肩貸せ。帰って手当すっぞ」

「ごめんねタッくん。何か用事だった?」

「……いや、構わねぇよ。玲二の一大事だからな」

「ありがとうタッくん……来てくれて」


幸い、くくり罠による怪我は軽傷で済んだけど、玲二は大事を取ってしばらく部活は見学になった。


罠の外し方も細かく教えたし、間違えて人が踏むと仕掛けた人に迷惑が掛かることもシッカリ教え込んでおいたから、次からは大丈夫なはずだ。


ったく、本当にお前はいくつになってもそそっかしいな!



【中学2年生 冬】


今年の冬はあまり雪が降らなかった。

去年はカマクラが作れるほどだったのに嘘みてぇ。


なんて部活が休みなおかげで拝める明るい空を見上げ、同級生らと下校を始めたら、ほんの少し歩いたところで後ろから「タッくん」って声がかかった。もちろん玲二だ。


「おぅ、お前も帰りか?一緒に帰るか」

「うん!」


1年生の玲二も混じえて皆で一緒に帰ることにした。同じバスケ部員もいるから知らない仲ではない。


玲二の自転車の籠にはでっかい紙袋。中身はチョコだ。今日はバレンタインだったからな。モテるバスケ部1年エースは違うねー。


同級生はどいつもこいつも羨ましそうに紙袋を見てる。だよなー。1年間はオヤツに困らないだろコレ。いいなおい。


「タッくんはもらった?」


途中でみんなと別れて二人だけになると、玲二がそんなことを聞いてきた。


「あー、義理チョコを3人から貰ったけど、ぜんぶ休み時間に食っちまったわ。帰り用にとっときゃ良かった」

「あ、じゃあさ、こん中のいくつか食べてくれない?僕ひとりじゃ食べきれないし」


俺たちの町に入った川沿いで自転車を止めて、玲二がパカッと紙袋の口を開いた。


「好きなの食べてよ。あ、これなんか大きいからいいんじゃないかな」

「え、いいのかよ。これ手作りっぽいぜ?」

「いいのいいの。じゃあ、半分割って僕にちょうだい?そしたら僕も食べたことになるでしょ」


包みを開けると、中からは明らかに大本命っぽいハート型の手作りチョコレートが出てきた。

なんか作った女の子に申し訳ないなぁ、なんて思いつつパキッとハートを半分に割って玲二に返した。

すまねぇな女子よ…玲二に便乗してオヤツにさせて貰うわ。


「お、これうめぇな。ビター寄りのミルクチョコレート。俺の好みにドンピシャだわ」

「そう?それは良かった。うれしいな。あ、その上の小さいハートのトッピング1コちょうだい?」

「ん、これか?ほらよ」

「ありがとうタッくん。うん、美味しい。チョコくれてありがとう」


いや、これお前へのチョコだかんな?

足りなかったら、その袋ん中のチョコいっくらでも食ってやれ?



【中学3年生 春】


今年も桜が綺麗に咲いた。

満開の桜が花吹雪を散らす日曜日、俺と玲二はトレーニングのついでにちょっと寄り道して山に桜を見に行った。


山の頂上近く、少し分かりにくい場所に1本だけある桜の木は、地元の人間しか知らない隠れた絶景スポットだ。

町が見えて、川が見えて、空が見える。

真っ青な空に、桜の花びらがくるくる踊るように散っていく景色はサイッコーに綺麗なんだ。


桜の木の両側に二人で立って、もちろん片手でちゃんと幹につかまりながらドリンクボトルでグイッと水分補給。うん、うまい!


「ねえ、タッくん……」


眼下の町に飛んでいく桜吹雪に目を細めて、薄らと笑いながら玲二が口を開いた。

それに俺は「ん?」とボトルを口にしたまま返事をする。あー、ホントこいつ背ぇ伸びたよなぁ。


「桜の枝が折れちゃって腐りそうになったら、どうしたらいいの?」


え、お前どっかの桜折っちゃったのか?

と思わず目を見開いた俺の様子に、でも玲二は小さく噴き出しながら首を振った。


「僕、折ってないからね?ちょっとした疑問がいま湧いてきただけ」


なんだよ驚かすなよ。一緒に謝りに行こうかと思っちゃったじゃん。

あーなるほど、桜キレイだなーからの、登りたいなーからの、折れたらどうしよう、って思考回路だな。うん分かるぞ。


「確かキズ薬を塗るんだよ。人間と同じだ。桜は細菌が入り込みやすいからな。殺菌効果のある薬をたっぷり塗って菌が入らないようにして、入っちゃった菌はできるだけ早くやっつけて桜を守ってやる。それ以上は俺も知らねえ」


「ふぅん…」と小さく首を傾げた玲二が自分のボトルを口にやって、「あ、ない!」とそのボトルの中を覗き込んだ。


おまえ……水分補給の配分考えろよ。飲み過ぎだ。バスケ部エースだろう?


「ほらよ、俺のを飲め」


俺のボトルを手渡してやると、玲二は「ありがとう」って言いながらゴクゴクとそれを飲み始めた。

おぃおぃ、俺の分もちゃんと残しとけよ。



【中学3年生 夏】


中学生活最後の夏、バスケの試合で俺はついにベンチに入った。

スタメンじゃねぇけど、第二試合にもちょこっと出してもらえた。

まあ、この試合が終われば俺ら3年は引退だ。だから3年生への温情もあったんだろう。


俺が運良く受け取ってパスしたボールを、玲二は見事にゴールに叩き込んでみせた。

もちろん俺は跳び上がって喜んださ。

玲二も大喜びで俺に飛びついてきた。


そして俺たちのチームは決勝まで進出。

結果は残念ながら負けてしまったけど、悔しさよりも満足感で身体じゅうがいっぱいになった。


ありがとうな玲二、中学時代のいい思い出ができたよ。



【中学3年生 秋】


玲二の兄ちゃんがまた大病院に入院した。

今度は本当に危ないらしい。


「玲二、待ってたぞ。上がれよ」


玲二はまたしばらく俺の家にいることになった。

俺は一応受験生だけど、玲二がいるのはぜんぜん構わない。

かえって玲二が寝てるのにデスクの明かりつけてて申し訳ないなぁなんて思ってたら、玲二は何とも甲斐甲斐しく我が家の家事を手伝い、掃除やメシの支度だけでなく俺の夜食まで作ってくれた。


「あんたとは大違いだわ…」と俺をディスりつつ感動する母ちゃんに、俺は玲二が作ったというガンモの煮物を口にする。うめーな、おい。


玲二、お前いつの間に料理男子になったんだ……いや掃除も洗濯もできるから家事男子か。あんまり差をつけてくれるな。肩身が狭い。



【中学3年生 冬】


いよいよ受験勉強の追い込みだ。


「ごめんなぁ、今年は雪降っても遊べそうにねぇや」

「ううん、いいんだよタッくん。家の中も暖かくていいじゃない。じゃ、次行くよ~歌物語の代表3つ」

「えーと、伊勢、大和…と平中!」

「アタリ」


玲二はずっと俺の家にいて、家事もそうだけど受験勉強の手伝いみたいなこともしてくれている。なんて使えるヤツなんだ。一家に一台レベルじゃん。


有り難いけど自分の勉強もしろよ、適当に遊びに行ってもいいんだぞ、ってずっと言ってるんだけど「寒いから」ってコイツはずっと学校以外は家にいる。

試験前はノートを流し読みするくらいなのに成績は超優秀。

すごいなぁって素直に感動してしまう。それとちょっと鼻が高い。俺の弟分すげぇだろって。


俺の志望校は私立の理系コース。

俺だって成績は悪くないんだぜ?中の上くらい?

頭のいい玲二の兄貴分として、あいつに恥をかかせるような成績は取れないじゃん。

でも合格できるかはギリッギリ。だから今は頑張りどころだ。


俺は将来、薬剤師になりたいと思ってるからな。死んだ婆ちゃんが薬剤師だったんだ。

病院と患者の間に立ってさ、世間話のついでにちょっとした疑問や相談にニコニコしながら答えてた婆ちゃんはすっげーカッコよかった。

だから父ちゃんと母ちゃんの言葉に甘えて、大学進学率と合格率の高い私立を第一志望にさせてもらった。


うん、俺はすごく恵まれている。だから全力で頑張るんだ。



【高校1年生 春】


玲二の兄ちゃんが死んだ。

俺の入学式の10日前。


葬式の日は桜がほぼ満開だった。


受験の前も、受験当日も、合格発表の日も、玲二は変わらなかった。

きっとその頃には、もうお兄さんの状態は最悪で、お父さんもお母さんも玲二も苦しい状況だっただろうに、俺の受験勉強に最後まで付き合って、受験当日は朝っぱらから神社にお参りまで行って「タッくん絶対に受かるから!」って手ぇ握ってさ。

合格した日は盛大に母ちゃんとご馳走作って、一緒に大喜びして……


俺の家に真新しい制服が届いた日、

「すごく似合うよ。カッコイイ!」なんて目を細めた玲二にかかってきた1本の電話。

「ちょっと行ってくるね」って、何とも言えない小さな笑みを浮かべて出かけていった玲二。


葬式の日、玲二は火葬場から直接我が家に戻ってきた。

お父さんとお母さんは、都心の方でまだ色々と手続きがあるらしい。


戻ってきて早々「桜が見たい」とねだった玲二を、俺は川まで連れ出した。

陽が沈んでいるから山には行けない。川のそばの桜はライトアップはされてないけど、1本だけ街路灯の明かりが届く桜があるのを知っていたから。


真っ暗な河川敷、わずかな明かりに照らされる桜は、それでも綺麗だった。


「僕…ちゃんと悲しむことができなかった……」


その桜を見上げながら玲二がポツリと呟いた。


「ベッドの上で冷たくなった兄さんを見ても、棺の中で花に埋もれた兄さんを見ても、焼けて骨になった兄さんを見ても……悲しむことが、できなかったんだ」


|身動《みじろ》ぎひとつせずに桜を見上げる玲二の表情は、暗くてよく分からない。


「ご愁傷様です、なんて何人にも頭を下げられてさ……どんな顔していいか分かんなくて、兄さんを弔って見送りたい気持ちはあったのに、なんかずっと息苦しくて……」


僕、ヘンなのかな……と、俺を振り向いた玲二の顔はやっぱりよく見えないけれど、どんな表情してるかはだいたい分かる。


バカだなぁ……お前……


「そういうのを全部ひっくるめて『悲しい』って事なんじゃないか。それがお前の悲しみ方なんだろ?玲二はどっこもヘンじゃねぇよ」


ひとつ溜息をつきながら、玲二の頭をワシャワシャと撫でてやると、玲二がギュッと俺に抱きついてきた。


よしよし、下らねえことで罪悪感なんか感じてるんじゃねぇぞ。

お前がうんと優しい奴だってことも、寂しがりで怖がりで気が小さい奴だって事も、すっごく我慢してたことも、俺はよぉぉーっく知っている。


ポンポンと背中を撫でてやれば、玲二が俺の肩に顔を擦りつけてきた。

こうやって玲二は、怖いとき、寂しいとき、困ったとき、いつだって真っ先に俺を頼って甘えてくる。

いいじゃねぇか。それがお前なんだから。


しばらくそうやって玲二を慰めて、俺は甘えたの玲二の手を引きながら家に帰った。



【高校1年生 夏】


入学した高校で、俺は部活には入らなかった。


いや私立の運動部ガチだからね。しかもバスケだけじゃなく野球もサッカーも水泳も全国大会常連校なもんだから、ハッキリ言ってちょっと中学でバスケやってたくらいじゃ入りにくいのなんのって。

運動特化のクラスまであってみんなプロ目指してっから。


なので俺はひたすらバイトに精を出す。


「タッくん」


スーパーの裏手で段ボールをせっせと潰してたら玲二の声がした。

おぅ玲二。買い物に来てくれたのか、まいどあり。


「もうバイト終わりでしょ?一緒に帰ろ」

「いいぞ、あと10分待てるか?」

「うん!」


玲二は中3にあがってすぐバスケ部を辞めてしまった。

だから本当なら今ごろは試合の練習で忙しい時期だけど、こいつはこうしてのんびり買い物をしている。


まあお兄さんのこともあるし、東堂さんちはいま色々ゴタゴタしているみたいだからな。わざわざ聞かねぇけど。


「なんだスイカ買ったのか」

「うん、安かったし。タッくんと一緒に食べようと思って」

「おーいいな。じゃあご馳走になるか」


今日は玲二んちに泊まる約束をしている。

玲二とは6年以上の付き合いだけど、こいつの家にちゃんと上がるようになったのは今年になってから。


上がり込んで病人のお兄さんに妙なウィルスだの細菌だのを|感染《うつ》しちゃいけないっていうのもあったし、玲二のおばさんも絶対に上がれとは言わなかったからね。

だから大抵は玄関や、玲二の部屋の窓越しだった。


「お邪魔しまーす」


玄関に入ってシンとした家の奥に一応声を掛ける。

玲二の家には今日も玲二だけのようだ。


ダイニングキッチンの向こうの引き戸は、いつだってピッタリと閉められている。お兄さんが寝てたベッドがまだあるんだって。


きっとお父さんもお母さんも、それが辛くて帰って来られないんだろう。

気持ちは分かる。気持ちは分かるよ。でもさ……


「はい、お待たせ」


切り分けたスイカをテーブルに置いた玲二が、引き戸に向けていた俺の視線を遮るように椅子に座った。


「タッくんのおばさんがね、あとで唐揚げ取りにおいでって」

「あー、母ちゃん絶対に張り切って大量に揚げるぞ。|味変《アジヘン》しようぜ|味変《アジヘン》」

「いいね!マヨとおろポンと塩と、あとは……」


そうだぞ玲二。俺がついてる。寂しくなんかさせねぇからな。

あとな、いくらお前でも少しは受験勉強もしような?



【高校1年生 秋】


「お前さー、頭いいんだからもっと上の学校狙えば?超有名大学の付属とかさー」


玲二の部屋にある水槽にエサをパラパラ落とすと、でっかい金魚がでっかい口でガバガバ食いついた。


この金魚は、小学生の時に俺が夜店で玲二にくれてやった4匹だったりする。水が合ったのか元気に巨大化していた。初めて再会した時はちょっとビビったもんだ。


まあそれはともかく、玲二の第一志望校ってのが俺の高校なんだよね。

いやウチの高校も悪くないよ?決してパーじゃない。でもなんか勿体ない気がしてしょうがねぇんだわ。


「だってタッくんの制服見て気に入っちゃったんだもん」


お前は女子か?制服で学校を決めるんじゃない。


はー、と思わず出そうになった溜息を呑み込んで水槽の蓋を閉め、勉強机でズズズーとうどんをすすっている玲二を振り返った。

うどんは俺の手作りの夜食だ。めんつゆと冷凍うどんと乾燥わかめと市販の揚げ玉パック……許せ玲二、俺にはソレが限界だ。


「じゃあ俺、先に寝てっからな。俺のイビキうるさかったら起こせよ」


嬉しそうにうどんをすすり続ける玲二にそう言って、俺は玲二のベッドの脇に敷かれた布団に潜り込む。

がんばれよ、受験生!



【高校1年生 冬】


2月上旬、合格発表の日。

俺は自分の高校の校門前にいた。玲二がここで待ってて欲しいと言ったから。

今日は在校生は休みだ。だから俺は私服。


今時はオンラインでも合否を確認できるけど、玲二は掲示板の方を選んだ。「感動が違う」んだそうだ。


9時ピッタリに校内へ入って行った玲二は、10分ほどして戻ってきた。

結果は明らかだ。手に封筒を持ってるからな。


「合格したよ、タッくん!」

「ああ、おめでとう。お前なら大丈夫だと思ってたけど、やっぱドキドキしたよ」


よし、受験当日だけじゃなく、今朝も神社にお参りした甲斐があった。ああもちろん、合格は玲二の実力に決まっている。単なる俺の気休めだ。玲二にはナイショだけどな。


うん、4月からはまた玲二と同じ学校か。

楽しみなような、照れくさいような……兄弟で同じ学校に入るってこんな気持ちなのかもしれない。


「ご両親には連絡しないのか?」

「うん、あとでSNSで送っとくよ」


……そっか。


よし分かった。

今日は我が家でのお祝いだからな。俺が盛大に祝ってやる。

うちの父ちゃんと母ちゃんだってノリノリだからよ。


うっしゃ、さっそく家に帰るぞ玲二!



【高校2年生 春】


玲二が俺の高校に入学してきた。

うん、うちの高校の制服がめっちゃ似合う。玲二は身長も肩幅もあるからな。羨ましいぞ。

あ、いや俺だってまだ成長期だからな。あと4センチ伸びれば175だ。うまくすれば今年中にイケるハズ。


そうそう制服と言えば、

玲二は中学校の卒業式が終わった日、帰って来るなり制服のボタン一式を俺に預けてきた。

記念に取っておきたいけど、失くすといけないからだそうだ。

まあ玲二もあの広い家にひとり暮らしみたいなもんだからな。よし引き受けた。


そういや俺の中学時代の制服は玲二が持ってったんだっけ。

サイズ合わないけどボタンは使えるし|共布《ともぬの》にもできるからって聞いたときは「お前、裁縫も出来るのかよ」って尊敬したもんだ。


玲二も高校では部活に入らなかった。バスケ部から勧誘があったそうだけど断ったらしい。


「僕なんか太刀打ちできないよ。恥かくだけだって」


そっかー、お前でも太刀打ちできないのか。

やっぱ、うちの運動部すげぇな!パねぇわ。



【高校2年生 夏】


ここんとこ玲二は忙しいようだ。

オシャレして外出したり、先日は女の子と繁華街を歩いているのを見かけた。

あいつにも春が来たらしい。いや今は夏だけどな?


俺は……バイトばっかりだ。

俺も過去に何度か、学校やバイト先の子とうまく行きそうになった事もあるけど、なぜか途中で自然消滅しちまう。まあ、こればっかりは縁と相性だから仕方がないってもんだ。せめて玲二だけでもうまく行くように祈っててやろう。

……なんて過ごしていた夏の終わり。バイト帰りのことだ。


「タッくん!」


呼ばれて振り返ると、玲二がものすごいスピードでこっちに走って来た。

おぅ、どうしたどうした。相変わらず足が速ぇえな。

と思ってたら玲二のヤツ、そのまま勢いよくタックルしてきやがった。てめぇ喧嘩売ってんのか。


「玲二、苦しい。暑い。離れろ」


ギュウギュウとホールドしてくる玲二のあごをグイグイと押し返すと、プン…と甘ったるい香水の匂いがした。


「あん?ずいぶんと男前の格好してると思ったら香水までつけてるのか?お前、オッシャレさんだなぁ」


俺の言葉にバッと身体を離した玲二が、自分の身体をクンクン嗅ぎ始めた。

「匂う?」と聞いてくるのでコクコク頷いてやった。いや、いいんじゃねぇか?俺はそーゆーのよく分かんねえけど。


「家に帰ってすぐ風呂に入る!」


そうか、まあ夏に全力ダッシュすれば汗もかくわな。


「タッくん!今日うちに泊まって!」


ん?別にいいぞ。明日はバイトもねぇしな。

何やら大急ぎの玲二に腕を引っ張られて、その日は急遽、玲二の家に泊まった。


翌朝起きると、玲二がベッドから落っこちて俺の布団の上で爆睡してた。

いくら暑いからって、寝相悪すぎんだろ。



【高校2年生 秋】


玲二の忙しい時期は終わったようだ。

うーむ、お前もうまく行かなかったのか。可哀想に。


2学期に入ってすぐ、玲二は俺と同じスーパーでバイトを始めた。知り合いがいる方が心強いんだそうだ。

いやいいんだけどな?シフトをぜんぶ俺と被らせる事はないと思うぞ?どんだけお前は気が小さいんだ。


でも玲二はバイト先の女子たち……もちろんオバちゃんたちも含めて大人気だ。

中身はともかく外見はイケメンだからな。動きだってキビキビとしてよく働く。何か頼みたそうなパートさんたちがいるとサッと手を貸すもんだから、新旧問わず女子からの人気は鰻登りだ。


「今日は栗ごはんにするよ。こないだタッくんと一緒に採りにいったやつ」


玲二は料理の腕もメキメキと上げていた。しかも激ウマ。

今じゃ俺の母ちゃんの方が、玲二に料理のコツを訊いているくらいだ。


玲二は1週間のうち2日くらい俺んちにいる。そんでもって俺は3日くらい玲二んちにいる。

玲二んちの事情はうちの父ちゃんも母ちゃんも薄々知ってるから何にも言わないし、「あら、今日はレイくんちじゃないの?」なんて残念そうな顔をされる始末だ。


「新婚時代に戻ったみたい」って頬を染める母ちゃん……いや夫婦仲がいいのは結構だけどな?親父との旅行もバンバン行きゃいいと思うけどな?

でもなぜ「この辺の日程なら大丈夫かしらっ」って玲二に聞くんだ?息子はこっちだ。



【高校2年生 冬】


いつものように玲二んちに泊まりに行った俺は、風呂上がりにグビグビ牛乳を飲んでいた。

175まであと2センチ足りねぇ……せめて玲二との身長差は5センチ以内におさめたい。俺の成長期もうちょっと頑張れ!


と気合いを入れながら喉を鳴らしていると、グラグラッと地震が来た。

けっこうデカいな。震度4くらいか?

なんて思ってたら、廊下の奥の部屋でガシャ!と何やら物が倒れる大きめの音がした。


この家は平屋で、ダイニングから奥の北側にあるのは玲二の部屋しかない。

あ……金魚の水槽!やべぇな、水が溢れちゃってるかもしれない。


揺れ自体はすぐに収まったので、俺はすぐさま雑巾とペーパータオルを引っ掴むと、廊下の先へと急いだ。

玲二はまだ風呂だからな。水は早めに処理しないとマズい。


玲二の部屋に飛び込むと、案の定、水槽から溢れた水で床はビショ濡れだった。

ただ幸いなことに、水位がMAXじゃなかったおかげで思ったより被害は少なくて済みそうだ。


持参した3枚の雑巾で床や水槽周りを拭いて、ザザザッと抜いたペーパータオルを敷き詰めて……なんてやってたら、ふと、部屋の奥にある片開きの戸が開いて何か棒状の物が飛び出しているのが見えた。


玲二が「物置だよ、開けると崩れてきて危険だから開けちゃダメ」って言ってた納戸だ。

どうやら、さっきの音源はあそこらしい。


確かに、地震で見事に崩れたようだな……と苦笑しながら、せめて戸だけでも閉めておこうと近づくと、どうにもその棒に見覚えがあることに気がついた。


「俺の虫アミ2号じゃねぇか……なっつかしいなー」


玲二のヤツいまだにとってあるのかよ、へぇー……なんて思いつつ、虫アミ2号を納戸に押し戻そうと戸を半分ほど開けてみたら、中から細長い棚が倒れ込んできた。


「おっと……」


慌てて受け止めて、そいつをググッと中へと押し戻し、元あったらしき位置へと立てる。なんだ、中は思ったよりギュウギュウでもないじゃん。逆にキッチリ整理されてた感じだ。


床に落ちた色んなものを踏まねぇようにそっと壁に手を付いたら、ツルリとした硬い紙の感触がした。

その感触に、ん?と視線を向けるとそこには、


「……!!!」


俺の顔があった。


いや鏡じゃねぇ。写真だ。小学生くらいの俺の写真。

しかも1枚だけじゃなく、ビッシリと壁いっぱいに色んな俺の写真が貼られている。


……なんだこりゃ……


改めてグルリと周りに視線を巡らすと、1畳もない納戸の中には細長い棚の他に、小さなデスクと崩れてズレたプラスチック製の収納ボックスもあった。そして床に落ちてるものの中に詰め襟の制服が見えた。


「え……え…?」


思わず1歩後ずさりした俺の左手の指先に、スイッチが触れた。

反射的にパチリとスイッチを入れてしまえば、納戸の中にパッと明かりがついて、目の前にはそりゃあもう驚愕の光景が……


壁に隙間なく貼られた俺の写真は、なんと天井まで埋め尽くしていた。何十枚も。

小学生の俺、中学生の俺、最近の俺の写真もある……


そして床には、虫かご、ヤンマ釣りの道具、しぼんだ風船、金魚のビニール袋、破れたポイ……他にも、パックされたミカンの皮、シダ飛行機、色んな包み紙、銀紙、アイスの棒、木の枝、葉っぱなんかがバラバラと散らばっている。


それだけでなく、収納ボックスにも何やらギッシリと詰め込まれているようだ。

以前穿いていた俺のボクサーパンツらしき柄が透けて見えるのは気のせいだろうか。

これに驚くなと言う方が無理な話だ。


「タッくん……」


後ろから声がした。

分かってる。もちろん玲二だ。


俺はいちど大きく息を吸い込んでから、後ろを振り返った。


「これはなんだ、玲二……」


睨み付けた俺の視線の先では、玲二が青ざめた顔で立ち尽くしていた。

スウェットの下だけを穿いて、首からバスタオルを提げている。


「答えろ……」


「ごめんなさい……ごめんなさい…タッくん……」


片手で口を覆った玲二が、ますます真っ青な顔で下をうつむいた。


「嫌わないで……嫌わないでタッくん……ごめんなさい……」


ガタガタとデカい身体と声を震わせる玲二に、もう俺は頭を抱えるしかない。


「ごめんなさい…好きでごめんなさい…分かってる…気持ち悪いよね……ごめん……」


嫌わないで――と下を向いた顔を情けなく両手で覆う玲二。

それに俺は思わず目を瞑る。


まったくコイツは……


片手で頭を抱えながらハァーー!と大きく溜息をつくと、背後でヒュッと玲二が息を呑んだ音が聞こえた。


「お前、どんだけ俺のこと好きなんだよ……」


もういちど溜息と一緒にそう吐き出せば、玲二が「タッくん…ごめ……」と鼻をすすり始める。


「別に嫌わねえよ。呆れてるだけだ。ああもう!泣くな玲二!!」


ビシッと叱りつければ、玲二がビクゥッと顔を上げた。

ったく、こいつ泣いてやがる。ガキの頃に迷子になった時と同じ顔だ。


「俺もお前に聞きてぇことが山ほどできたけどよ……その前に、お前が俺に対して言いたいことがあるんじゃねぇのか?真っ先に謝るって事は、お前にそれだけ後ろめたさがあるってことだろうが。とっとと洗いざらい吐いちまえ!………嫌わねえから」


ホラ座れ、と俺は玲二を床に正座させて、その前のベッドの上にズンと胡座をかいて腕を組んだ。


「とりあえずお前……俺のパンツは返せな」


どう考えてもアレは俺のパンツだった。

「洗濯しとくよ」って言ってて「失くした」だの「穴が空いてて捨てた」だの言って新品寄越してきたのはそういうワケだったのかと、たったいま合点がいったわ。


「え……やだ」


こいつ…涙目で反抗してきやがった……


「玲二!」とギッと睨み付けるものの、玲二はぎゅっと口を引き結んで、正座をした膝の上で手を握りしめている。


「僕の宝物なんだ……お願い、取り上げないで……」


蚊の鳴くような声で玲二が呟いた。


「いや宝物って……お前なぁ…」


思わずガリガリと片手で頭を掻く俺に、目の前の玲二がキッ!と顔を上げた。お…おぅ、なんだ。


「タッくんが好きなんだ!大好きなんだよ!タッくんのものなら何でも全部欲しいんだ!タッくんじゃなきゃ勃たない!」


「は?」


……いまなんて言いやがったコイツ…


身を乗り出してきた玲二の顔に、左手で素早くアイアンクローをキメて、ガリガリとしてた右手で頭を抱える。

そうして少しの間のあと、俺はようやく口を開いた。


「お前が俺を好きなのは分かった。昔からお前は俺に懐いてたからな。ただな玲二……感情を取り違えちゃいけないぞ。お前の狭い世界での勘違いということだって……」


「勘違いなんかじゃない!ちゃんと確認したんだ!」


……はい?確認?


俺にガッシリと顔を押えられながら、それでも玲二は俺の指の間から真っ直ぐに俺を見据えてきた。


「ネットでノーマルとゲイ両方のエロ動画も見てみた。俺が好きだっていう女子とも付き合ってみた。自分がゲイなのかと新宿2丁目にも行ってみた。性欲のありかを探しに逆ナンもされてみた」


マジか……お前、行動力あるな。……で、結果は?


「動画はどれもピクリとも反応しなかった。女子5人とデートしたけど興味なさ過ぎて苦痛だった。新宿はゲイの男に腕を触られただけで鳥肌が立った。逆ナンしてきたOLとホテルまで行ったけど勃つどころか吐き気がした」


……そうか。そりゃおめー重症だな。ってかホテル行ったのか。それ犯罪だぞ?


「タッくんだったら写真だけで勃つし、寝顔でも勃つし、何ならご飯食べてるときの口見ただけで勃つし、匂い嗅いだら秒で勃つ!!」


いやいらねーよ、その情報。


また身を乗り出してきた玲二をグググッと押さえつけ、うーんと俺は胡座の上で頬杖をついた。

見目だけはいいのに、なんて残念な男なんだ……玲二。


「分かった。とにかくお前は、俺に対して女に向けるような恋愛感情を持ってると…そういう事なんだな」


「ちがう!女とか男とかじゃないんだ!タッくんじゃなきゃダメなんだ!恋も愛も全部の感情も!タッくんにしか向ないんだよ!愛してるんだ!」


玲二は俺に顔を押さえつけられながらも、チョー必死でサイコくせぇ告白を大声で叫んでくる。


うーむ……どこでどう間違えてこうなったかは知らねぇが、こうなっちまってるもんは仕方がねぇ。

寂しがりで弱気で怖がりで泣き虫な中身に、変態も加わってたとはさすがの俺も気がつかなかった。


でも、それでも……俺はどうにもコイツを嫌いにはなれねぇ。バカだなぁとか残念だなぁとは思うけど。


「よし、ならよく聞け、玲二!」


左手のアイアンクローを解除して俺は再びグッと両腕を組むと、目の前の玲二を見下ろした。


「俺はお前のことは嫌いにならない。これは確かだ。ただ、俺はお前に恋愛感情はねぇ。かといってお前の気持ちを否定する気もねぇ。それがお前だってんならしょーがねーからな」


目の前の玲二の顔がぱぁっと明るくなった。なんか嬉しそうだ。


「ただし!俺の意思を無視した身勝手な行動は慎め!襲いかかってきたらブン殴る。お前が変態なのはよーっく分かった。同じ変態なら俺の前ではコソコソすんな。正々堂々としろ。その方がまだ精神衛生上いい気がする。でも外ではできるだけ抑えろ。赤の他人様がドン引きするからな」


コクコクコクコクッと物凄い早さで首を縦に振る玲二。

こいつがこうなってしまったからには、放置せずに再度躾け直していく方向に舵を切った方がいいだろう。でなきゃ、こいつはあっという間に道を踏み外す予感がする。


「タッくんのこと好きって言っていい?好きって言うの我慢しなくていい?」


身を乗り出してそんなことを言ってきた玲二に、胡座で頬杖をつきながら「ああ、構わねぇよ」と頷いてやれば、玲二の野郎はガバッと俺の腰に抱きついてきた。


「好き!好きだよタッくん!大好き!愛してるんだ!タッくんしかダメなんだ!好き好き!」


ギュウギュウと俺にしがみついて好き好き言ってくるデカい男に、俺はもう遠い目をするしかない。


とりあえずコイツに道を踏み外させちゃなんねぇ……さて、これからどうすっかな…と思いながら、俺は膝に顔を擦りつける玲二の髪をワシワシと撫でてやった。


まあとりあえず玲二よ、

俺の股ぐらの匂いを嗅ぐのはやめろ?



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