書き手さんの小説の書き方というのは百人百様です。
初めからしっかりと細かいプロットを作成する方もいれば、
私のようにボヤッとした大まかなあらすじだけで、あとは降ってくるのに任せる行き当たりばったりな書き手もいます。
私の書き方はポンポンポンと書きたいメインシーンを書いて、それに向けて間を埋めていくという方式でして、かなり自由度が高いのと書いていて自分が楽しいというメリットの反面、埋めていく間にどうしても齟齬が生じたり、育ったキャラの性格に合わなくなって結末自体が変わったり、その後の話自体が大きく変更になったりするのがデメリットです。
七合目モブ前半の山場となる両思いシーンではそれが顕著に出たせいで複数のルートが乱立する結果となりました(笑)
まあだいたいは消しちゃうんですが、残ってたあたり多分気に入ってたんでしょうねぇ
でも本編のアルフレッド像が育つにつれて、彼ならこんなギルバートを悲しませるような対応はしないだろうとボツになりました。
細かい部分が少しずつ変わっていって結末が大きく変わる……本編の乙女ゲームと同じですね(^▽^)
おっと、前置きが長くなりました。
それでは、別世界の別のアルフレッドのお話…よろしければお読み下さい。
感想や誤字脱字等は受け付けておりませんよ?ボツネタですから(笑)
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【状況説明】
ギルバートの誕生パーティーから戻ったアルフレッド。
パーティーでは謹慎中の第一王子と国王の発言の話でもちきりだった。
動揺したアルフレッドは、庭園で引き留めるギルバートに、
よそよそしい貴族の礼と誕生祝いの言葉、そして最後に額への口づけを残し立ち去っていった。
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彼を振り切るように戻った屋敷で、
俺は部屋にこもり、ひとり今日のパーティーの様子を思い出す。
浮き足立った貴族たちは会場のあちらこちらに神経を尖らせ、ヒソヒソと情報を交わし合っていた。
今後、第一王子の派閥の勢力が削がれれば、
貴族の勢力図が書き換わる。
国の未来さえ変えかねない変動を引き起こしたのは…俺…か?
ゾクリと全身に怖気が走る。
ギルバートくんと交流を持ったことで、
彼が第一王子と令嬢から離れ、
令嬢とのイベントは王子の醜聞となった。
未来の騎士団長は消えその道は閉ざされたに等しい。
未来の公爵は領地を替え影響力を落とすだろう。
未来の魔法陣研究の第一任者は別の道を歩み出した。
そして、
未来の宰相は…すでにその才能を別に向けようとしている。
関わりすぎた…!
気づけば机の角をきつく握りしめていた。
いや待て。
冷静になれ。
乙女ゲームなど俺と関係ないところで勝手にやっていろと言い放っていたというのに、このザマは何だアルフレッド。落ち着け。
心の中で正と負の感情が入り乱れる。
乙女ゲームだろうがここは俺が生きる現実世界だ。
たかが半年、俺が関わったことで変わったのなら、なるべくしてなっただけの話だ。
乙女ゲームなどただの夢物語。おとぎ話だ。そうじゃないか。
―――ああそうだ。その通りだ。
俺の中で突き放すように冷静な思考が動き始める。
王子も公爵も騎士団長も、貴族の勢力図も知ったことか。
俺は俺らしくモブい貴族の人生を歩むだけだ。
開き直った思考をまとめ上げ顔を起こす。
夢物語に振り回されて根拠もない罪悪感で悩むなど愚かしい。
グイッと指先で首元のクラヴァットを緩める。
その時、エメラルドのピンが目に飛び込んできた。
エメラルドと同じ美しい瞳を持った彼の顔が脳裏に浮かぶ。
胸の奥でズキリと熱を持った何かが大きく膨れ上がった。
美貌と知性を兼ね備えた彼は、
いつだって努力を怠らない優れた人物だ。
本来ならば国を動かすひとかどの人物に成長するはず。
彼を…彼の未来は、曲げていいものではない。彼だけは。
―――そうとも。
ギルバート・ランネイルは、
攻略対象者でなくても、乙女ゲームでなくても、
華やかな人生を謳歌すべき存在だ。
ならば、今の俺に何ができる?
きつく握っていた机から手を離し、暗闇の窓に映る自分の顔を見る。
なんて情けない顔だ。さすがモブだな。
「はっ!」
バカみたいに一人で上げた声が部屋に響いた。
―――彼から離れればいいじゃないか。半年早まるだけだ。
そうだ。
そうして、中の上な人生を平穏に歩いていく。
最初からそれが理想だったじゃないか。
――――ああそうだ。忘れるな。
学生時代の楽しい思い出。
10年も経てばきっと、平凡な日常の中で埃をかぶって
あんな時もあったなと
彼と関われた過去を誇りに思うんだ。
――――いいね。優しくて穏やかな、俺が望んだ人生だ。
その時にはきっと
この胸の痛みも消えているさ。
その翌日から、
俺は隠れ家へ行くことをやめた。
あの日から2週間…
学院が秋休みに入ってしばらく、
俺は隠れ家のソファの横で、荷物を纏めていた。
用意した手元の箱に、私物を次々と放り込んでいく。
さほど多くはないけれど、それでも2年以上過ごした部屋に散らばった私物や不要品はそれなりにあって、俺は彼の役に立ちそうなノートやテキストとそれ以外を手早く仕分けていった。
床にしゃがみ込み、ほぼ6割方埋まった箱の中にクッション代わりの布類を詰め込んで、脇に置いた本に手を伸ばそうとした時だ。
バン!
と音を立てて扉が開いた。
後ろを振り向かなくても誰かなんて分かる。
ここに入れるのは俺と彼しかいない。
心のどこかで彼が来る可能性は考えていた。
だから、俺はその時のために準備していたセリフと声色を、箱に置いた自分の両手を見つめながら吐き出した。
「やあこんにちはギル。悪いけどドアは開けっぱなしにしておいてくれる?荷物を運び出さなきゃいけないからね。」
そう言った俺に、彼はことさら大きな音を立ててバタン!と扉を閉めた。どうやら相当お怒りのようだ。
予想はしていたけれど…と思いながら再び脇に積んだ小さな本を箱に詰めていく。
「……何があったんです?心配しましたよ。
何度、ラグワーズ家へ行こうと思ったか。」
閉めた扉の前で息を切らしながらギルバートくんが口を開いた。
そうだね。爵位的に上位とはいえ、呼ばれてもいない他家への訪問はハードルが高かっただろう。
「来ると思って、察知できる結界を張っていて正解でした。
………なにを…しているんです?」
少し低くなった彼の声が、真っ直ぐに俺の耳に届いた。
「結界に探知付与か…さすがギルだね。
うん、私の荷物を早めに纏めようと思って来ていたんだ。」
私物を詰める手を止めずに、できるだけ軽い感じで言葉を紡ぐ。
ギルバートくんの足音が近づいてくる。
「まだ卒業まで半年もありますよね。どうしたんですか。」
しゃがみ込む俺の後ろに立った彼が、やや固い口調で話しかける。
「いや、単位を…取り終えたからね。領地に帰って色々卒業後の準備をしないといけないんだよ。」
後輩の彼との別れは辛いけど、いずれ半年後には通る道だ。
俺はもう入れるものが無くなってしまった箱の中身を無意味に手で整理していた。
「こっちを見て下さい。」
少し怒ったような彼の声に、手の動きが止まる。
荷物を詰め込んだ箱からゆるゆると顔を上げて、後ろを振り向いた。
見上げたそこには、無表情な顔をしたギルバートくん。
仕方ないなぁ、とひとつ息を吐いて下を向き、「よっ」と勢いをつけて立ち上がる。
そしてゴソゴソと右ポケットを探った。
視界に入っている彼の右手に手を伸ばし、ポケットから取り出した小さな鍵を握らせた。
「これはこの隠れ家の鍵だよ。
次の利用者に引き継ぐときに渡すのが慣例なんだ。
まあ、魔法陣があるからあまり使うことは……」
「私の顔を見て下さい。アル。」
冷たく平坦になった彼の声。
俺は意を決して彼の肩を両手でつかみ、視線を合わせた。
「ギル。私はラグワーズの嫡男で領地に戻らなきゃいけない。それは分かるよね?」
ギルバートくんは黙ってコクリと頷いた。
緑色の綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。
「少しだけ早まったけれど、
私は田舎の伯爵として生きるために準備をする。
君は将来有望な侯爵子息としてここであと2年学ぶ。
優秀な君はきっと国に必要とされる人材になるだろう。」
目の前の彼の瞳がすっと細められた。
「たくさん…釣書が来ているそうですね。
きっと貴方なら選り取り見取りでしょう。
気に入った方でもいらっしゃいましたか?」
口角を上げて笑った彼に、俺も無理矢理に作った笑顔を返した。
そうだ。こんなのは別れ際の世間話だ。
「いや、有り難い限りだけどね、それはまだ…。
でも私のことだから、そういう機会でもないと結婚なんてしないだろうしね。」
俺を見つめたまま彼が黙っているのをいいことに、俺は言葉を続けた。
早くこの場を立ち去りたいという逸る気持ちが口調を早めていく。
「私にはもったいないような後輩の君と出会えて良かった。
先輩としてはちょっと頑張りすぎなところは心配だけど…ギル、あと2年あるのだから、急がず勉強して楽しい学生生活を……」
「…………るな……」
ペラペラと喋る俺に、いつの間にか下を向いていたギルバートくんが何かを呟いた。
思わず俺が口をつぐんだその刹那、
ドンッ!
とギルバートくんが俺の胸を突き飛ばして身を離した。
「……ふざけるな…」
絞り出すように吐かれた言葉。
下げた彼の両手の拳が震えている。
目の前の彼が、俺を真っ直ぐに睨み付けていた。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな――――――っ!!!」
まるで爆発するような怒りが、彼の身体中から噴きだした。
ギリッと奥歯を噛みしめて、睨みつけてくる彼の強い瞳から視線が逸らせない。
「先輩後輩だって…?…ならば…なぜ手を握った!なぜ抱き締めた!なぜあのように甘やかした!誰にでもするのか?それが普通なのか!」
ぶんっと投げられた鍵が、顔の横を通り過ぎて壁に当たる。
投げた手をまた固く握りしめた彼の身体が怒りに震えている。
「まさか!そんなことギルだけ……」
反射的にそう答えて…胸の中で何かがパンッと弾けた。
そうだ…ギルだけだ。
ごく自然に手を握って、気がついたら抱き締めて、
危なっかしくて、すぐ怒るのに可愛くて、可愛くて…
「君は…まだ16で…未来の宰相で…だから…」
ドンッ
彼が横にあったソファを遠慮なく蹴りつけた。
「私の将来を勝手に決めないで下さい……私の将来は私が決める」
低い声でピシャリと言い放った彼の横で、
ガッシャンと、
ずれたソファに押されたテーブルの上の何かが倒れた。
「ええ……ええ…私は16ですよ。だから何です?
けれど来年には17です。その次になりゃ18だ!あったりまえだバカ!
10年後なら26と28!
50年後なら66と68だ!ざまあみろ!どこが問題だ!」
翡翠の瞳が怒りに燃えて、氷を反射して冴え冴えと俺を射貫いている。
言い訳は許さないと、その睨み付ける目が叫んでいる。
「逃げないでください。」
挑むように低く告げられた言葉が、
ドンッと胸のど真ん中を打ち抜く。
『それなりに領地を引き継いで…
適当に結婚して…』
「私から逃げるな。」
怒りを込め重ねられる彼の言葉に、
どんどん逃げ道が塞がれる。
『平坦で平和な人生を…
…そんなモブい七合目貴族に…』
「お…れは…へいぼんな………」
分かっている。
こんなの、ただの最後の抵抗だ。
「私が…この私がっ!惚れた相手が平凡なわけないだろうがぁ!」
身体を折るように吐き捨てられた叫び。
思わず俺は目を閉じる。
聞きたくないと、逃げ回っていた言葉。
ああもちろん…知っていたよ。ギルバートくん。
ずっと前から。
あんな目で見つめられて、
あんな顔で笑われて、
気づかないわけがないだろう?
だから…逃げ道を探して、解釈をねじ曲げて…
「あなたが好きです。アル。…アルフレッド・ラグワーズ。」
俺を睨み上げる彼は、なおも攻撃を緩めない。
彼から容赦なく繰り出される言葉が、俺を追い詰める。
「好きですよ!大好きです!あなたが!
仕方ないでしょう!どうしようもないんだ!」
グイッと胸ぐらを掴まれ、足がふらついた。
ドンッと後ろの壁に背中を押しつけられ、襟元を締め上げられる。
「男同士!そんなこたぁ分かってる!でも、でも!
どうしようもなく、あなたが欲しいんですよアル!
欲しくて欲しくてしょうがないんだ…っ!」
怒りの形相で睨み上げてくる彼の瞳は、
こんな時ですら美しい翡翠色に煌めき、目を逸らすことができない。
「いまさら逃げるなど……私をこうしておいて…
領に帰る?結婚する?
許しませんよ……絶対に許さない……。」
ぎりりと俺を睨んでいる瞳が泣きそうに緩んだのはほんの一瞬。
再びギッときつくなった眼差しが俺の瞳を射貫かんばかりに睨み付けてくる。
「逃がしませんよ……」
胸ぐらを掴んだ彼の手が、さらに首元を締め上げる。
怒りに震える低い声が俺を恫喝する。
「絶対に、逃がさない……逃がしてやらない。」
揺さぶられ、背中が壁に打ちつけられる。
俺の奥底でずっと閉じ込めていた何かが、暴れ回り噴き上がってくる。
痛いよ。ギルバートくん。
胸がすごく、痛くて苦しいんだ。
「あなたがっ、あなたがこんなに好きにさせたんでしょう!
責任取れこの野郎――っ!」
ギルバートくん…言ってることがメチャクチャだよ…
それに…
ああ…
そんなに怒って、
ダメだよ。
そんなにしたら、手が痛くなるだろう?
ダメだ…
……本当にダメだ…
首元を掴む彼の手を両手で包む。
睨みつける目はそのままに、
首元を締め上げていた彼の指先から力が抜けた。
ほら、暴れるから髪が乱れちゃったじゃないか。
降参するから。ね。
もう怒らないで?
彼のおでこに、コツンと自分の額を預ける。
間近で覗き込んだ翡翠の瞳がゆらりと揺らいだ。
「ごめんね…」
覗き込んだ瞳に一瞬の絶望。
けれど次の刹那、
彼を力任せに抱き締める。
彼の胸から小さく息が漏れた。
その頭を肩に押しつけ、引き寄せた腰を離そうとしない俺の腕。
動けなくなった彼の耳に唇を寄せる。
サラサラとした彼の髪が俺の頬に当たる。
「先に言わせて、ごめんね?」
弱虫でごめんね
かっこ悪くてごめんね
逃げてごめんね
腕の中の彼の動きが止まる。
頭を押さえ込んだ手の甲に、彼の髪がパサリとかかる。
首元にかかる彼の吐息に誘われて、
その髪に頬ずりをする。
なんてこった。
どうやら安穏とした七合目生活は終わりらしい。
今後は下山か登山か知らないが、きっと彼との未来は波瀾万丈だろう。
だけどもう逃げられない。
ちっぽけな俺が描いた未来は、
胸の中でまたぎゅうぎゅうと服を掴む怒りん坊の彼に、完膚なきまでに叩き潰されてしまった。
ならば、もう出来ることはひとつ。
寄せたままの唇で、彼の耳にありったけの思いを吹き込もう。
そうさ。思いっきり、甘く、優しく、蕩けるように。
「愛しているよ。」
その瞬間ガクンッと、抱き締めた彼の身体から力が抜けた。
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